茨城県桜川市・筑西市の宝石店「ジュエリーマーノ」
万葉桜

万葉桜

「万葉桜」は茨城県桜川市から生まれた結婚指輪・婚約指輪のローカルブランドです。
創業1 0 5 年の歴史、お客様より選び続けられた信頼と店内工房から創造されるクラフトマンの技術を結集して生まれました。
伝統工芸技法(透かし彫、浮かし彫り、手彫り、漆塗り)をテーマとした商品ラインはポップで愛らしいデザインです。今後は日本はもとよりアジア地域でもプロモーション活動予定です。
商願2019-49313登録商品です。

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桜川市は「ヤマザクラ55万本の里」と謳われています。
 高峯(たかみね:標高520m)や雨巻山(あままき:標高533m)をはじめとして、桜川市の山々にはヤマザクラが多数自生しています。
山桜はソメイヨシノと比べ開花時期が若干遅く、桜花の淡紅色と赤芽が木々のもえぎ色の芽吹きの時期と重なり、パッチワークのような眺望を楽しむことができます。平沢林道には、だいだら坊が背負って運んだとされるだいだら坊背負い石や二つの展望台があり、展望台からは筑波山や加波山を背景に田園風景や桜の里山を一望することができます。ぜひ林道を登っていただいて、心地よい汗とともに山頂からの美しい景観を堪能することができます。

「万葉桜」は大子漆「器而庵」とのコラボレート商品です。
 大子漆は茨城県久慈郡大子町を中心に採取される漆を言います。
江戸時代に水戸藩主徳川光圀がロウソクのロウを採取するため漆を奨励させ農民の持ち高一石につき一本ずつを植えさせた歴史があります。
 近年の生産量は岩手県に次いで茨城県が全国第2位で優良な漆産地として知られておりそのほとんどが大子町です。大子町に拠点を置くNPO法人「麗潤館」やウエア・ウッド・ワークの辻氏が中心になって大子漆の振興を図っています。

天然記念物「桜川のサクラ」とは

古来より山桜の里として親しまれてきました当地の桜。平安時代の歌人 紀貫之が桜川について詠んだ歌が「古今和歌集」から40余年後に編まれた「後撰和歌集」に収録されています。「常よりも 春辺になれば桜川 波の花こそ 間なく寄すらめ」。現代語に訳すと「春になると桜の花びらが川面をおおって流れていく。少しの間も空くことなく、壮観な眺めだ。」といった意味になります。なんとも幻想的で、桜の儚い美しさに彩られた桃源郷のようなイメージを抱かれる名歌です。遥か千年の昔、桜の名所としての「桜川」の評判が、遠く平安京にまで知れ渡っていたという事実に驚かされます。そして、その名をさらに全国に広めたのは室町時代の世阿弥作「謡曲 桜川」です。
 江戸時代には歴代将軍により、隅田川堤はじめ、現在の皇居や上野山、新宿御苑、小金井等の江戸各所に多くの苗木が移植されました。その数は推計でおよそ2万本にものぼるそうです。江戸の花見の名所づくりには、桜川の桜は欠かすことができない存在であったことがわかります。特に水戸黄門として有名な徳川光圀は、櫻川磯部稲村神社を度々社参、この地のサクラを大変気に入り、偕楽園前を流れる見川川(みかわがわ)のほとりに桜川の桜を移植し、その川を「桜川」と名付けてしまうほどでした。
 明治に入ると、当市出身の俳人石倉翠葉(いしくらすいよう)や、日本植物学の創始者三好學(みよしまなぶ)博士による研究・出版活動により、再び脚光を浴びることになった桜川は、大正13年に国の名勝指定を受けるにいたりました。昭和49年には国の「天然記念物」に指定されています。
 そして現在。画一的なソメイヨシノとは違い、一本ごとに色、形、匂い、開花時期までが異なる多彩な山桜が群生する桜川の景観は、その価値が広く見直されてきています。

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