茨城県桜川市・筑西市の宝石店「ジュエリーマーノ」
桜川七宝「梅鉢桜」縄目枠ペンダントオーダー

桜川七宝「梅鉢桜」縄目枠ペンダントオーダー

桜川七宝「梅鉢桜」縄目枠ペンダントを納品しました!
今回の七宝は表面に艶消し加工でシックに仕上げております。この艶消し加工は光沢のある火艶加工と比較するとひと手間かかり本当に美しい仕上がりです。枠に伝統技法の縄目加工を2重に巡らし四方にベビーパールを施して落ち着きのある作品に仕上がりました。
「桜川のサクラ」に興味をお持ちになっているお客様でしたが、いつか御嬢さんとゆっくり山桜めぐりを楽しみたいとのこと。
是非このブローチをなさってお楽しみ下さい。

桜川七宝は七宝作家「森千鶴子氏」との共作です。

七宝作家「森千鶴子氏」
笠間市在住の有線七宝作家。桜をテーマにした美しい作品を多数制作。
笠間市内の堅香子(かたかご)工房
[作品常設店]
安藤七宝店(東京銀座・名古屋) 笠間工芸の丘(クラフトヒルズKASAMA)

1998年 有線七宝香炉「桜」が金大中大統領夫人への来日記念品となる
※個展・グループ展多数出品

天然記念物「桜川のサクラ」とは

古来より山桜の里として親しまれてきました当地の桜。平安時代の歌人 紀貫之が桜川について詠んだ歌が「古今和歌集」から40余年後に編まれた「後撰和歌集」に収録されています。「常よりも 春辺になれば桜川 波の花こそ 間なく寄すらめ」。現代語に訳すと「春になると桜の花びらが川面をおおって流れていく。少しの間も空くことなく、壮観な眺めだ。」といった意味になります。なんとも幻想的で、桜の儚い美しさに彩られた桃源郷のようなイメージを抱かれる名歌です。遥か千年の昔、桜の名所としての「桜川」の評判が、遠く平安京にまで知れ渡っていたという事実に驚かされます。そして、その名をさらに全国に広めたのは室町時代の世阿弥作「謡曲 桜川」です。  江戸時代には歴代将軍により、隅田川堤はじめ、現在の皇居や上野山、新宿御苑、小金井等の江戸各所に多くの苗木が移植されました。その数は推計でおよそ2万本にものぼるそうです。江戸の花見の名所づくりには、桜川の桜は欠かすことができない存在であったことがわかります。特に水戸黄門として有名な徳川光圀は、櫻川磯部稲村神社を度々社参、この地のサクラを大変気に入り、偕楽園前を流れる見川川(みかわがわ)のほとりに桜川の桜を移植し、その川を「桜川」と名付けてしまうほどでした。  明治に入ると、当市出身の俳人石倉翠葉(いしくらすいよう)や、日本植物学の創始者三好學(みよしまなぶ)博士による研究・出版活動により、再び脚光を浴びることになった桜川は、大正13年に国の名勝指定を受けるにいたりました。昭和49年には国の「天然記念物」に指定されています。  そして現在。画一的なソメイヨシノとは違い、一本ごとに色、形、匂い、開花時期までが異なる多彩な山桜が群生する桜川の景観は、その価値が広く見直されてきています。

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